Part 3 コモンズ投信の前身である「WISH投信」

おはようございます。渋澤健です。先週の土曜日(16日)の10周年コモンズフェスタ京都開催を経て、4月6日(土)の東京の開催に向けて、準備を着々と進めていますので、大勢の方々とご一緒できることを楽しみにしています!

さて、今までのミニ・シリーズでコモンズ投信の起源に金融業界の「ブティック化」という未来構想、およびファンド・マネジャーのプラットフォーム構想であった「プロジェクトVECTOR」をご紹介しました。今回は、いよいよ自分自身が独立系投信会社を立ち上げようと決心したきっかけ、そして、その新しい会社の社名のお話です。


時は2005年の12月。私は長年の友人と東京文京区の本郷通の蕎麦屋で呑んでいました。2000年にVMJapan(バーチャル・マーケッツ・ジャパン)という金融プロフェショナル向けの(今でいえば)SNSサイトを一緒に立ち上げていて、私に澤上さんなど個人向けの長期投資の世界を紹介してくれた人物です。ここでは、ミスターXとしておきましょう。

私は別プロジェクト(マンガなど日本感性を世界に展示できるオンライン・ミュージアムー"MOMANGA"という名まで決めていました)について相談したいと思って声をかけたのですが、その話の流れで彼はポツリと言いました。「で、僕は独立したいと考えているだよね」と。

長期投資家として実績があり、思想的な示唆をいつももらっているミスターXなので、「じゃあ、一緒にやろう」と即決しました。(で、"MOMANGA"は棚上げに・・・)

ただ、ミスターXと私だけでは、ふわふわと宙に浮いてしまう恐れが大。会社の経営者としてはちょっと心配という自己評価があったので、地面にしっかりと足が付いた人にパートナーとして入ってもらう必要性があると二人は考えました。

そして、「そうだ、伊井さんにお願いしてみよう」という方向に至りました。VMJapanにおいてハンドル・ネーム"tetsuro"さんは、いつもサイトで積極的に参加していただいているメンバーでした。

2006年の年明けに伊井に打診したところ、今までの業界の有り方に色々と問題視していて、今後のキャリア・パスについてちょうど考えていたタイミングでした。ただ、関心を示してもらったものの、資産運用会社とは異なる仕事を検討していたようでした。

そこで、ミスターXが言いました。「同じ山を違う道で登っているだけなので、同じ道を登ってみようではないか。」 さすが、ミスターXの決まり文句!

2006年の一年間、我々は週一ペースに集まり、新しい長期投資のコンセプトづくり、独立系投信会社の設立の検討を重ねました。

その検討で、もちろん、新しい会社の社名をどうするかという話になりました。ミスターXは、さわかみ投信を連想して、「しぶさわ投信で良いんじゃない」と提案しました。

でも、自分は澤上篤人さんのようなカリスマでもないし、かなり気が引けました。その時の他の色々な社名の検討のメモを見つけました。(汚い幼稚な字でごめんなさい)


当時、私のオフィスは有楽町の新国際ビルにあったので、「仲通りキャピタル」とか(おこがましいですが)「丸の内キャピタル」という案もありました。

また、小さいところからでも、いずれ大きな流れをつくりたいという想いで「大河キャピタル」という案もあり。

また、このメモの写真には掲載されていないですが、大きな木に育つように「ひのきキャピタル」という案があり、私はこれが気に入っていました。(だから、今のコモンズ投信のオフィスの会議室が「ひのき」とネーミングされていることは、今の社員も知らないかも!)

そんな中、三人の性の頭文字を使おうという案が出て、そこに、後から「W」を付けました。Waku-Wakuの"W"を頭に付けたら、WISHになる! 未来への希望や期待。

これが良いということになり、「WISH投信」への設立準備が進みました。


ただ、「WISH投信」の設立へ準備を進めていて、そろそろ関東財務局に新しい独立系投信会社の登録について接触しようという段階になったある日。2007年の年初ぐらいと記憶していますが、この社名が使えなくなる重大なハプニングが起こりました。。。(次回へ)

感謝!10周年コモンズフェスタ@京都

おはようございます。渋澤健です。

京都の週末の土曜日の朝は雨がかなり降っていましたが、10周年コモンズフェスタの開会時に近づくと雨が上がり、日差しにも恵まれました。ご参加いただいた皆様、そして、開催にご協力いただいた皆様、本当にありがとうございました!

伊井と一緒にコモンズ投信を立ち上げたとき、新しいお金の流れをつくりたいと思っていました。それは、長期投資、つみたて投資というお金の流れだけでなく、体感できる参加型のお金の流れです。

10年前、『いつか大きな会場で投資先の企業の経営トップとファンド受益者である「お仲間」との対話という体感づくりをしたい』という夢を抱いていました。今回のフェスタでは、コモンズ30ファンドが10年前から投資を続けている堀場製作所の代表取締役会長兼グループCEOの堀場厚様のご厚意で、その夢が実現しました。


会社の最高責任者にご来場いただく貴重な機会なので、「会社説明」という内容より、ご本人の世界観や目指しているところ、経営者としてどのような想いを持っているのか、IR資料では読み取れない素の姿、このような要素を体感できる空間と時間をつくりたいと願っていました。堀場会長は、その期待にしっかりと応えてくださいました。

堀場会長のお話をお伺いして、経営者の最大な役目とは「会社づくり」や「事業づくり」というより「人づくり」であると痛感しました。HORIBAは、海外M&Aを通じて事業拡大の実績を上げ続けていますが、自ら買収相手を獲得するのではなく、先方から傘下に入りたいという申し出がほとんどのようです。信頼感、ブランドがなければ、あり得ないことです。
そして、その信頼やブランドの根幹にあるのが「人」ということだと理解しました。世界中の多様な人財が共に価値を創るためには、それぞれが自分の「柱」を立てるということが重要であるというご指摘も印象に残りました。

それから、経営者に必要なものは「ツキ」。堀場会長が社長として経営トップに就任した1992年から会社の売上は約5倍、営業利益は約11倍へと成長しています。


でも、それは自分ひとりでできたことではなかった、と堀場会長はおっしゃいます。そのお話をお伺いして、その「ツキ」とは「人」との関係だと感じました。運命とは決まったことではなく、「運ぶ」命です。良い運命(ツキ)を運んでくれるのは、「人」でありましょう。

今回は、「東・京都」を拠点とする、設立10年も経たない若輩者の資産運用会社に色々と示唆に富むお話をしていただいた堀場会長に大変感謝しています。ただ、きちんと経営者に「もの申す」ことも大事。

私たちの小さなお仲間たちに、堀場製作所の間接的な株主として、その大事なエンゲージメントの役目を託したところ、見事に私たちの長期投資家の意を経営トップに送ることができた実感しています。どうもありががとう!



企業と投資家の対話が重視される流れになりました。コモンズ流の対話とは、世代を超えて、家族ぐるみで投資先企業との対話に取り組むこと。そんな体感型の対話に目指しています。

今回のフェスタには色々な登壇者のご協力のおかげで盛会なイベントとなりました。パネル・ディスカッションにはコモンズ30ファンドの10年プレイヤーであるシスメックスにもご協力いただき、大変感謝しております。投資先企業で、買付初日から保有期間中に株価が最も上昇(約14倍)で、コモンズ30ファンドの運用パフォーマンスに大きく貢献いただいた会社です!


また、コモンズ30ファンドの社会起業家フォーラムを通じてご縁をいただいている社会起業家である深尾昌峰さん、鬼丸昌也さんにも登壇いただき、新しいお金の流れをつくりには「変人」が必要であるということも教わりました!w。


これら、コモンズ10周年フェスタ【京都】からの学びの詳細は追々、レポートとして皆さまにご報告させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします。

さて! 4月6日(土)は、東京でコモンズ10周年フェスタを開催します。 是非とも、お越しくださって、コモンズ投信の「コモン・グラウンド」を体感してください。楽しみにお待ちしております!






『10周年。コモンズ投信が大切にしてきたこと』4.寄付という未来への投資

シリーズ第4回目は「寄付」についてです。

まずはこちらの映像をご覧ください。


<2009.10.6 社会起業家フォーラム 皆さんの声「the VOICES」>


2012年第3回コモンズ社会起業家フォーラム
10年前、生まれたばかりの小さな会社が毎年11人の社会起業家を世の中に紹介するという挑戦を始めました。
昨年10月で第10回目を迎えたコモンズ社会起業家フォーラムです。
これまでに100名を超える社会課題に取り組むリーダーたちが登壇し、7分間スピーチのバトンを繋いできてくれました。
社会起業家のスピーチを楽しみにご参加くださった方の数はのべ1500名を超え、その中でたくさんの出会いや新たなるアクションが生まれました。

2018年第9回社会起業家フォーラム登壇者
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コモンズSEEDCap
マドレボニータ
社会起業家フォーラムと同じく寄付のしくみコモンズSEEDCapも創業時から続いています。
毎年お仲間のみなさんに、過去を含めたフォーラム登壇者3名の中から、当社が受け取る信託報酬の1%相当を寄付し、1年間広報活動などで伴走させていただく1人を決める選考プロセスに参加いただいてきました。
寄付のしくみSEEDCapという新しい金融のあり方への挑戦は、創業当時から始まっていたのです。



視覚障害者柔道を応援!
また、ザ・2020ビジョンの誕生と共に、新しい寄付のしくみPOINTもスタートさせることができました。
障がい者スポーツの関連団体を応援することで、真のダイバーシティーについて、お仲間のみなさんと共に考え、見慣れた世界に新たな発見をする機会に恵まれてきました。


そして、コモンズのお仲間のみなさんは長期投資家です。
長期的な視点をもって、「より良い明日」を願い、未来を信じてお金を動かせる人たちの集まり。長期的視点で企業に投資し、対話し、成長をじっくり待つ力があります。
同様に、寄付先にも寄付を渡すだけでなく、その後を見守り応援する姿勢があり、そんなお仲間のみなさんの存在に、わたしたちコモンズ投信も多くの勇気をいただいてきました。
2016年12月リオパラメダリストとくつろぎXmas

投資も寄付も本業。
投資を「将来の経済的リターンを望むもの」とする一方で、寄付は「未来への投資。次世代の未来に社会的リターンをもたらしてくれるもの」と考え、この先も続けていきます。

次回に続く

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10周年コモンズフェスタ
3/16京都、4/6東京、2都市で開催される10周年コモンズフェスタ。投資先企業の豪華なゲスト、お客さま、寄付先の皆さま、社会課題に立ち向かうチェンジメーカーが一同に会する1年に1度の大イベントです。大人気こどもトラストセミナーも同時開催!ご家族・ご友人もお誘いあわせのうえ奮ってご参加ください!

◆メインイベントの詳細・お申込は< こ ち ら >から(特設ページ)

◆懇親会のお申込
【京都】https://commonsfesta10thkyoto.peatix.com/

【東京】https://commonsfesta10thtokyo.peatix.com/

Part 2 志のベクトルが合う運用プラットフォーム

おはようございます。渋澤健です。今度の土曜日(16日)は、いよいよコモンズ10周年フェスタを京都で開催します。大勢の方々とご一緒できることを楽しみにしていますので、是非ともご一緒させてください! 4月16日は東京でも開催します!

さて、先週のブログ でコモンズ投信の構想の起源は、これからの金融業界の「ブティック化」であるという未来像をご紹介しました。今回のコモンズ投信の起源を遡ってご紹介する渋澤シリーズでは、それを具体化させようという試みであった「プロジェクトVECTOR」について記憶を解きほぐしてみます。

2003年。これからの金融業界のあり方について同じような問題意識を持つ同志を募り、「運用プラットフォーム」の構想を練り始めました。ただただ販売親会社が「売れる」ファンドを運用する運用機関の職員という立場ではなく、「良い」ファンドを運用するプロのファンド・マネジャーを支える構想です。

会社に縛られることなく、運用プラットフォームと投資顧問業契約を結ぶ関係で、ファンド・マネージャーが自身の信用、実績やブランドを養成できるような存在が業界で必要であると感じたからです。つまり、良いファンド・マネージャーが独立するハードルを下げたかったのです。

我が国の資本市場においては、活性化が望まれるが、年金等の機関投資家のパッシブ運用化が進んでいることもあり、投資主体は多様性に欠け、市場の厚みがなくなってきている。魅力ある資本市場となるよう新たな投資の担い手の育成が急務である。
  
我が国の資産運用の世界を見るに、大手機関投資家の一般勘定、大手証券会社等の系列投信・投資顧問業において運用が行われることが主であり、優秀な人材を主役として健全な運用を行い、社会に貢献する独立系運用機関の創業は稀である。「欧米人と日本人は違うDNA」とよくいわれるが、違いは人ではなく、実績とインセンティブが一致するような土台の違いであると考える。要するに独立への物理的・心理的障壁が高すぎ、優秀な運用者ための信用創造を支援するようなプラットフォームが不在である。

と当時に作成した書類に私たちの問題意識を表明していました。

また、プラットフォームは販売会社を介さない直販モデルを模索していましたので、独立系投信会社の「創氏」である澤上篤人さんにご相談に伺いました。一緒に訪問したメンバーは、当時「レオス株式会社」を設立していた藤野英人さんでした。

澤上さんは、他の独立系投信会社を立ち上がることを促進されていたので、自社の直販・顧客管理システムを提供しても良いという話にも展開しました。この「お父さん」の存在がなければ、その数年後に複数の独立投信会社が立ち上がることはなかったことでしょう。

私がプラットフォーム投信会社を経営し、藤野さんがプラットフォームに最初に乗るフラッグシップ運用者になり、運用者の「ギルド」というネットワークを仕切るという絵も描いていました。

プラットフォームの基本的な考え方も明示していました。
 個人のエンパワーメントによって多様な視点からリスクキャピタルにアプローチ
 私的利益の追求と公共的価値の創造は一致する
 志のベクトルが同じ方向に向くステークホルダーが不可欠

故、このプラットフォームの仮名は「ベクター投信」でした。

戦略的なポジションにBetterやTallerではなく、Differentになりたい。ナンバーワンではなく、オンリーワンを目指したいという想いを示していました。

Product(商品=投資信託)を通じて、世のありようを変えたい。最小の資本と人で最大の付加価値を付けたい。顧客ニーズを追うのではなく、潜在ニーズを発掘したい。そして、夢中になって楽しむ。このような投信会社の設立を描いていました。

「ベクター投信」の設立の考え方や想いを、現在のコモンズ投信の考え方と比べると、その当時の想いを現在に引き続くことができたなぁと、現在から振り返って当時に作成した書類を目を通して驚いています。

起源の想いに共感し、大勢の同志や仲間たちの共助によってお互いを補い、現在のコモンズ投信を共創していることは、本当に感慨深いです。

2003年の初夏には、構想を実践に進めるために金融庁との意見交換も行なっていました。プラットフォームの考え方は理解できる。ただ、外部の助言者を置く場合でも、業としての責任は投信会社に存するので、会社内部に相愛の運用体制が必要と釘を刺されました。一方、翌年4月から投信会社の兼業規定は大幅に緩和されるというアドバイスもいただきました。

では、規制緩和の様子を観てから進めようという流れになり、「プロジェクトVECTOR」を一旦、棚上げすることにしました。2003年の秋ごろに藤野さんはレオス・キャピタルワークス株式会社に商号を変更し、私募投信や年金資産の運用助言事業を開始します。

自分自身が投信会社を立ち上げることに再び火が付いたのは、2年後の2005年の年末でした。(続く)

Part 1 金融業界の未来像が起源であったコモンズ投信

おはようございます。渋澤健です。

3月16日(京都)、4月6日(東京)で開催されるコモンズ30ファンドの10周年イベントである「10th COMMONS FESTA~未来を信じる力~」に向けて、コモンズ投信の起源を遡ってご紹介する渋澤シリーズを展開します。

今から16年ぐらい前2003年に、大蔵省時代からの旧知の財務省役人が呼びかけていた日本の小売業の偉人を囲む勉強会で配った資料で、私が見えてきたのは日本の金融業界の未来でした。

日本の小売業の変遷ですが、昭和30年代から始まった「百貨店」・「スーパー」という存在が競争の激化、そしてバブル時代後期から平成時代には「消費の飽和」によってパワーバランスが売り手から買い手へとシフトします。消費者ニーズが多様化し、個性的・低価格・高付加価値など「選択的消費」が求められるようになります。
  
その結果、小売業界は超高級ブランド・こだわり商品専門店・ディスカウントショップ・衣料量販店・コンビニ等、細分化されて行きます。特に私が注目したところは、小売業界で「こだわり商品専門店」、つまり,ブティック店の台頭です。
  
これだ! これが、日本の金融業界の未来像だとひらめきました。
  
仮に、「百貨店」「スーパー」を「銀行」「生保」など既存勢力に置き換えてみました。ビックバンや規制緩和を経て、業界の競争は既に激化していました。それに加え、「消費者」を「投資家」と置き換えると、投資家ニーズが多様化し、個性的・低価格・高付加価値など「選択的投資」が求められるようになり、パワーバランスが売り手から買い手へとシフトする。 


同じぐらいのタイミングで、経済同友会で所属していた需要創造員会が講師としてお招きした(当時)東京大学大学院経済学研究科教授の片平秀貴先生の「顧客の感動が生む新しい経済」というお話にも感化されました。

【企業人モデル】 (旧来の日本企業)       
・力が力を創る、規模の勝負
・社員の集団

【ブランド人モデル】(これからの日本企業)
・顧客と一体化
・先見力、夢を訴える・活力、革新

【消費者が変わっている】(時代の変化)
・価値に敏感になった
・哲学を問うようになった
・対話ができるようになった
・おもてなしに敏感になった

企業人モデルを「大手金融機関」、
ブランド人モデルを「独立系運用会社」、
消費者を「個人投資家」
と入れ替えることができると気づきました。

一般個人の投資家は「消費者」です。
ならば、小売業界で起こっていることは、金融業界でも起こるはず。


このような時代になる。
日本の金融業界も、これからブティック化するはずだ。
そう思いました。
何か、プロジェクトを立ち上げよう。

この数年前に、自分の子どもたちの未来のために始めていた「つみたて投資」が親としての想いと私的活動が、自分の仕事へと転換し始め、その数年後に仲間たちと設立したコモンズ投信の起源は、ここにありました。

でも、独立系の投資信託会社を設立する前に、もう一段階の準備期間がありました。
そのお話は次回に。