キャスターとファンドマネジャーの聞く技術を高める方法

オンリーワンの存在になる


糸島   谷本さんとは、あの自主廃業した山一證券で一緒に働いたんですよね。当時の谷本さんは、山一證券の社内放送でキャスターをなさっていて、私も山一証券経済研究所のアナリストとして数回ほど、そこで銘柄の話をさせてもらいました。そのようなご縁もあり、今回の対談にご登場いただいたわけですが、そもそも今のようなお仕事に就こうと思った経緯から、お話しいただけますか。

谷本   山一證券が破綻した時、金融経済に裏切られたような気がしたのです。

糸島   それはなぜ。

谷本   自身が全てのお給料をつぎ込んでいた山一證券の自社株が紙切れになってしまったということもあります。しかし、そんなことよりも辛かったのは、周りにいる社員の人たち、そして、そのご家族の生活が自主廃業に至る過程で、大きく変わらざるを得なかったことを目の当たりにしたことです。
支店長会議にキャスターとして出席させてもらったことがありました。その時にある支店長が「自分の部下の子どもが『お前のお父さんの会社は泥棒だ』といじめられている」という話をされました。そして、「尊敬される父親として、『いってらっしゃい』と日々、送り出してもらえるような会社に私たちはしていかなければならない」と声をつまらせました。
その時、会社の不祥事はこんなところにまで影響を及ぼすのだと思い知らされました。
また、破綻によって自身のお子さんの進学を諦めなければならなかった人、結婚を断念した人など、多くの社員の人生が山一證券によって揺さぶられる様子を見てきました。
ただ正直、入社2年目の私には山一證券は何をしたのか、これから何が起ころうとしているのか、全くわからなかったのです。だからこそ、せめても自身が納得するまで事実を知りたい、そして、願わくば、二度とこのような思いをする人を作ってはいけないと、経済に対するリベンジのような思いを抱いたんです。
しかし、何の知識もキャリアもない私はそこに立ちすくんでしまいました。
私に一体何ができるんだろうと。そこで、これまで社内でしていた「キャスター」と「経済」をかけあわせることはできないか、と考えたのです。それならば、恐らく私にしかできない道があると覚悟を決めたんです。


糸島   谷本さんは何千人というトップリーダーにインタビューされていますが、印象的な方っていますか。

谷本   実際会ってみての印象が、事前のイメージとかけ離れている人は印象に残りやすいです。
たとえばジョージ・W・ブッシュ元米大統領は、元々持っていたイメージをいい意味で裏切られた方です。
とにかくチャーム力が凄く、お会いした人なら誰もがファンになるのではないでしょうか。
日本だと亀井静香さんですね。
スタジオに入ってきた時、真っ先にアシスタント・ディレクターに優しい言葉を掛けるんですよ。
普通は、そこにいるなかで最も偉そうな人に声を掛けるじゃないですか。
もう、この時点で、アシスタント・ディレクターだけでなく、その場にいた人、皆が亀井さんファンに。しかも番組が23時30分に終わって、少しでも早く帰りたいでしょうに、エレベーターホールにいた番記者ひとりひとりの質問に答えているのです。
頭が下がりましたね。
また、個人的に印象的だったインタビューは、経済キャスターになりたての、ブルームバーグテレビジョンでアンカーをしていた時、生放送中にある市場関係者から「あなたの質問の意図が分からない。
それはどういう意味?わかりやすく質問してください」と言われ、確かにきちんと理解できていなかったこともあり、言葉を失ったことがありました。
これは非常にいい教訓になり、今日に活きています。

厳しい質問で相手の本音を引き出す方法


糸島   今回は「聞く技術」をテーマにして対談を行っているのですが、谷本さんでも最初はそういうことがあったのですね。
実は、私も投資する銘柄を発掘するために、いろいろな企業経営者の方に取材するのですが、昔は知ったかぶりをしてしまうことがありました。
素直に「分かりません」と言えばいいのに、変なプライドが邪魔をして、つい恰好を付けてしまうのですね。
それが、いかにダメなことかということを、経験の中で学びました。
知ったかぶりは必ず相手にばれます。そうなると、相手は本当のことを話してくれなくなる。聞く側の姿勢って大事ですね。

谷本   そうですね。前出の市場関係者に「質問の意図が分からない」と言われた時も、結局、自分も理解できていないことを、分かった体で質問していたのです。
これは相手にも、視聴者に対して失礼だと反省しました。

糸島   でも、キャスターというお仕事をされていて、時には相手の痛いところを突くような、厳しい質問をすることもあるわけですよね。
当然、この手の質問をすると、相手も身構えると思うのですが、それでもきちんと相手から本音を引き出すためには、どういう点に配慮しているのですか。

谷本   確かに、厳しいだけの質問だと、相手も腹を割りませんよね。
そこから本音を引き出すことは不可能でしょう。ですから、厳しい質問をする時は戦略的に行うことが大事です。
厳しい質問なのですが、表情は柔和にしてみるとか、名前をお呼びしてから切り出すとかするだけで相手の警戒心が溶けて、本音を引き出すことが出来ることも多いです。



糸島   ギャップを上手に活かすと、思わぬ効果が得られますよね。まだ駆け出しのアナリストだった時、今とは違って歳も若かったし、まあ人が好さそうな顔をしていたわけですよ。
それで相手がギクッとなるような厳しい質問をするものだから、多くの経営者に顔を覚えてもらったものです。
ただ、常に気を付けていたのは、相手を傷付けないようにすることです。
相手を傷付けてしまったら、それこそ元も子もなくて、二度とその人から話を聞けなくなってしまう。まさに聞く技術を必要とするところだと思います。

谷本   仕事の評価は人からしてもらうものですからね。自分のことを人に覚えてもらわないと、スタートラインにも立てないと、肝に銘じております。

あいづちは「はい」、それとも「うん」


糸島   どのように聞くかというだけでなく、何を聞くかということも大事ですよね。私は、自分の質問に対して、相手が身を乗り出してくるようなものでなければダメだと思っています。
他の人と違う切り口の質問が出来て、ようやく本音が聞けるのではないでしょうか。

谷本   おっしゃる通りだと思います。あと、私の立場で申し上げると、テレビ番組の中で本音を聞き出すのは非常に難しいのです。
相手も緊張していますからね。なので、私はスタジオをスタジオと感じさせないように、その方の好きなものをご用意するとか、お花や手作りのお菓子を召し上がってもらうとか、本番前にリラックスして頂けるように気を配っています。
また、それこそあいづちの打ち方ひとつも工夫しています。

糸島   あいづちですか。

谷本   「はい」とか「うん」とか言いますよね。糸島さんはどちらを使いますか。

糸島   「はい」ですね。「うん」は使ったことがない。

谷本   私は敢えて「うん」を使うんですよ。

糸島   ええっ?


谷本   「はい」だと、オフィシャルな感じになるじゃないですか。スタジオのトークで、短時間のうちに相手にリラックスしてもらうためにも、あえて効果的に「うん」を使うのです。

糸島   でも、それだと人によっては失礼だと思う方がいらっしゃいませんか。


谷本   そうですね。おっしゃる通りです。だから、あいづちで「うん」を使う時は、相手に敬意を示しています、という目線で聞くとか、その前後の言葉はきちんと丁寧な言葉を使うとかの配慮はしています。しかし、「うん」という素のあいづちが出てしまうというのは、それだけ相手の話に没頭しているという証拠でもあります。
ですので、このような貴重なお話を聞くことが出来て、私は本当に感謝しています、その話に夢中になっていますという思いを込めながら、「うん」というあいづちを打つのです。
それは必ず相手に伝わります。

相手も人の親だと思え


糸島   谷本さんの著書、「アクティブ リスニング なぜかうまくいく人の聞く技術」の中で、「相手と素で向き合う」ことを指摘していらっしゃいます。
相手を目の前にして萎縮してしまったら、聞きたいことも聞けなくなってしまう。どんな相手でも、自分と同じ一人の人間なんだと思えるようになるのは、難しいことかも知れませんが、大事なことですよね。


谷本   自分が素になれて初めて相手も素になれるのだと思うのです。だから、相手の肩書は考えないようにする。そのうえで本音を引き出すわけですが、どんな相手でも萎縮せずに対応できるようにするには、ある種のマインドコントロールのようなものを自分にかけてみるのもいいと思うんです。
私の場合は、特に萎縮してしまうような相手の時は、事前に「この人も、人の親なんだ」とか「親戚のおじさんにちょっと似てるな」などと思うだけで、自分でも驚くくらい緊張がほぐれるのがわかりました。そうすると、どんな人でも楽しく話ができるような気がしてくる。
緊張もしなくなりますし、どれだけ偉い相手でも萎縮せずに済みます。
人間って、自分に対して敵意や嫌悪を持った人って、すぐに分かります。
相手にそう思わせてしまったら、絶対に本音を引き出すことができません。
だから、相手が自分に好意を持ってくれていると思わせるところまで、私はこの人が好きなんだと自己暗示を掛けるようにしています。
ところで、糸島さんはファンドマネジャーとして多くの企業経営者に取材をしていると思うのですが、良い経営者、悪い経営者を見極める場合、どのような点に注意しているのですか。

糸島   著名な経営者の場合は大体、自分自身の本を書いているケースが多いので、まずそれを読んであたりをつけます。本からキーワードを拾って、そこに会社としてどのようなビジネスを展開しているのか、という要素を掛け合わせていくのです。
それと共に、前任の経営者とどこが違うのか、なぜその人が経営者になったのか、という点もチェックします。それと良い経営者、悪い経営者の見極めとは別の話になりますが、会社の良し悪しを見極めるにあたっては、どういう組織変更を行ってきたのか、なぜ変わったのかという点も見るようにしています。
本社が移転した理由なども、突き詰めて聞いていくと、そこにちょっとした投資のヒントが隠れていたりするのです。



谷本   これまで大勢の経営者にインタビューをしており、こんな言い方は若干不遜かも知れませんが、話を聞いていくうちに、この経営者が率いている限り、この会社は伸びるかどうかがなんとなく分かるようになってきました。ただ、サラリーマン経営者の場合、会社の業績と自分の財産がリンクしていないせいか、やはりどこまで行ってもサラリーマンで、なかなか経営者としての本音が読みにくかったりします。
そういう経営者と対峙した場合、どうやって会社の良し悪しを見極めるのですか。

糸島   その会社の中で異端とみなされていた人が経営者になった時は、大きく変わる可能性があります。
そういう会社は、経営がアゲインストの状態だから、そういう思い切った人事を行ったわけです。なので、異端者が経営者になるような企業は、投資をするしないに拘わらず、注目しておいた方が良いと思います。谷本さんにお聞きしたいことがまだたくさんあるのですが、そろそろ時間切れになりそうです。
今日はありがとうございました。

谷本   こちらこそ、ありがとうございました。




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