【登壇者紹介ブログ】また、何かの時にはお願いします。

この言葉、私が愛知県小牧市で行われている外国人児童学習支援の教室、にわとりの会を訪れた際に、帰り際にブラジル人の高校生が私の近くまで挨拶に来てくれた時の言葉です。
丹羽さんとブラジル国籍のこどもたち
A君の家族は、彼が幼少の時にブラジルから日本の愛知県に「逆出稼ぎ」。
その後、両親の離婚でシングルマザーとなった母と共に生活しながら、日本の学校に通っていました。

母親は日本語ができなかったため、息子の学校生活をサポートするのは難しい状況でしたが、息子の将来を考えて教育にはとても熱心でした。
そこでその母親の力になったのが、今回のフォーラムの登壇者のひとり、丹羽典子さんでした。

丹羽さんは愛知県の小学校において国語の教員をしながら、外国人児童の数が増えてくる中で、彼らに対する学習サポートの必要性を痛感し、尽力してきた人物です。

こどもたちには無限の可能性があるのに、彼らをとりまく環境によって彼らの未来が閉ざされてしまう、丹羽さんはその現状に憤りを感じ、にわとりの会を発足させました。

丹羽さんだから、にわとりの会
その命名通り、丹羽さんはなんともチャーミングな方です。


凡そ110年前にブラジルに多くの日本人が船で「出稼ぎ」に渡ったことをみなさんはご存知ですか?

言葉も通じない異国において、コーヒー農園などで苦労を重ねた後に、ブラジル日系移民はブラジル社会において成功を遂げ、ブラジル国民として受け入れられました。
世界最大の日系コミュニティーが誕生し、二世三世は医者や弁護士など高学歴を取得し、そして移民100年祭などの節目では、日系の国民だけでなく、国全体が敬意をもって祝福してくれる程の存在となりました。

しかし、地球の反対側にあるわたしたち日本の国民の多くは、その事実を知りません。

やがて、日本のバブル経済の際には、かつての移民の子孫が日本に労働者として戻ってくることとなりました。

いつか錦を飾って帰国することを夢見てきた一世たちの祖国に対する想いを聞いて育った二世、三世たちは、さて、日本でどのような待遇を受けたのでしょうか?

今、愛知県だけでも、外国籍のこどもたちは7000人以上いると言われています。
割合的にブラジルをルーツとしたこどもたちが多く、その背景には、日系ブラジル人の入国優遇がありました。

小学校における外国人児童数の割合も増え、中には、新1年生のほとんどが外国籍のこどもたちであったという地域の話も聞きます。

そしてそんな中で、「ダブルリミテッド」と呼ばれるこどもたちが成長しています。

わたしがにわとりの会を訪れた時には、A君だけでなく、4人の15,16歳の男の子が来ていました。

中には、来たものの、スマホの動画に見入るB君。
漢字の勉強に時間がかかるC君の存在があります。

 この2人は、中学を出てそのまま、エアコン掃除など、力仕事の職に就いています。

B君はブラジル人学校という母国語ポルトガル語で勉強ができる小学校に通っていましたが閉校となり、日本の学校へ。

C君は最初から日本の小学校に通いましたがほとんど言葉がわからず、親もサポートが難しかったので不登校となり、ポルトガル語でも日本語でも勉強の経験を積み重ねられないままに、中学生となりました。

これがダブルリミテッド

丹羽さんは、こどもたちのこうした現状に何かできないかと動きだし、あるカードを創り出します。

ペンでなぞると様々な言語で書かれた文字通りに音声が出る漢字カード。

このカードは、丹羽さんだけでは到底解決できない人数のこどもたちと、カバーしきれない様々な地域に暮らすこどもたちに対して、丹羽さん以外のより多くの指導員による学習支援を可能にしています。

冒頭のA君。

丹羽さんがこのカードを普及するにあたって伴走支援を受けた団体のメンバーに、A君に英語を教えてくれる人がいました。

その時の力が後押して受験に成功、彼は現在進学校に通っています。

照れた笑顔を見せながら、時には照れ隠しで友達とふざけながらも、教室の隅で集中して勉強をしていたA君。

「また、何かの時にはお願いします」
彼が何気なく私に言ってくれたこの一言が、今でも私の心に残っています。

一度助けられた経験のある子は、助けてもらう力をもつことができるのだと、わたしはA君から教わりました。

そして一方で、社会から助けてもらった経験のない子は、助けてもらう術がわからないままに育ってしまう。

丹羽さんは勉強の合間に、さりげなくこどもたちに質問をしています。

丹羽さん「今度の週末にここでイベントがあるけれど、来ない?」
〇君「予定があるんだ」
丹羽さん「そうなんだ、誰とどこに出かけるの?」

彼らが未来に向かってよりまっすぐに進んでいけるように、丹羽さんの質問は見守るお母さんのごとく続きます。

C君が言いました。
「勉強、がんばるよ。だって週4日働ける仕事がしたいから」

日本の中にいる外国籍のこどもたちの存在もまた、社会の隙間に落っこちて、多くの人たちがその存在に気付くことなく通り過ぎてしまう存在です。

今回の登壇にあたり、私が投げかけた「あなたは社会起業家ですか?」の問いかけに丹羽さんはこう答えてくれました。

「外国人の子どもたちが進学したいのに、自己実現したいのにできない様子をずっと見て見ぬふりをしていたけど、ちょっとしたきっかけでそれに関わり始めました。
一過性ではなく、持続的に行うようになったとき、わたしは社会起業家になったのだと思っています。」

10月5日!第11回コモンズ社会起業家フォーラム
丹羽さんの7分間のスピーチどうぞご期待ください!!!

帰りは最寄りの駅まで丹羽さんに送っていただきました!
社会起業家フォーラム担当 馬越裕子