<10周年イベントレポート> -講演抄録- 株式会社ベネッセホールディングス代表取締役社長 安達 保 氏「ベネッセはこうして創業以来の危機を乗り越えた」
2019年4月29日月曜日
<基調講演>安達保氏(株式会社ベネッセホールディングス代表取締役社長)
「ベネッセはこうして創業以来の危機を乗り越えた」
ベネッセホールディングス代表取締役社長 安達保氏 |
社長就任当時は、ベネッセも非常に苦しい状況に立たされていました。ざっくりした数字で申し上げますと、売上全体の4割強が国内教育事業で、そのうち約半分が進研ゼミという通信教育事業でした。進研ゼミは小学生、中学生、高校生が対象で、さらに未就学児を対象にした「こどもちゃれんじ」があり、これらを合計して一時期400万人以上の会員がいたのですが、情報漏洩事件の影響で会員数が激減し、私が社長に就任する時には243万人になっていました。
進研ゼミは、固定費が非常に高いビジネスで、売上が固定費を超えれば大きな利益が出る反面、固定費を下回ってしまうと大赤字になってしまいます。事件の影響で会員数が激減し、大赤字を抱え、ベネッセというブランド価値が毀損し、社員は自信を失いかけていました。
もちろん悪いことばかりではなく、明るい材料もありました。国内教育事業で進研模試という、高校生を対象にした、大学入試のための模試を行っている事業ですが、ここでGTECというスコア型英語4技能検定、つまり読み、書き、聞き、話すという4技能に関するテストがあり、徐々にマーケットを広げていました。今年度は125万人が受けており、大学の入試にも使われます。
またClassiという、教育現場を支援するICTプラットフォームがあり、これも徐々に広がりつつあります。これは簡単に言うと、教師と生徒がこのプラットフォーム上でさまざまなコミュニケーションが取れるシステムです。今、全国の高校の約半分、およそ2000校が導入しています。
その他、国内教育事業においては東京個別指導学院や鉄緑会という、東京大学に合格した学生の6割が学んだという塾の運営があり、その事業も順調に拡大しています。
あと、未就学児を対象にした「こどもちゃれんじ」ですが、中国で非常に伸びています。2016年には会員が100万人を超えました。日本の会員が約80万人ですから、日本国内の事業よりも大きくなっています。
そして教育事業とは別に、ベネッセの事業にとって第二の柱ともいうべき介護事業の売上が、全体の25%に達し、利益も100億円に届くような事業になっています。
ただ、いくつか看過できない問題点があったのも事実です。
語学事業のベルリッツは、世界中の英語を勉強している人の中ではナンバーワンのブランドなのですが、その競争力が後退していました。留学の支援事業として、サウジアラビアの学生を大勢、アメリカに留学させるという事業を展開していたのですが、原油価格の暴落によってサウジアラビアの財政が苦しくなり、アメリカに留学させることが困難になってしまいました。これが非常に大きな赤字要因になっていました。
このように、いくつか元気のよい事業はあったのですが、ベネッセにとって大きな収益の柱だった通信教育事業の落ち込み、そしてベルリッツの赤字が重なり、全体で見るとかなり厳しく、社員の士気も落ちていたのが、2016年に私が社長に就任した時の状況です。
では、どうしたら社員が元気を取り戻し、会社の業績も回復するのか。そのために私は3つの方向性を提示しました。
第一に人々の豊かな生活を支える、無くてはならない会社として、圧倒的なブランドにしようということです。当時、多くの社員が自信を失っていましたので、世のため、人のためになる事業を行うことで、社会に無くてはならない存在になろうということです。
第二はもう一度、日本の優良企業になろうということです。2016年は営業利益も大きく減り、貧すれば鈍するではありませんが、全体に余裕がなくなっていました。なので、再び利益を上げて、本当に正しい投資をし、会社を伸ばしていこうと考えました。そのためにも、優良企業に返り咲く必要があったのです。
第三は「よく生きる」というベネッセの企業理念を見つめ直し、原点に戻ってもう一度頑張ろうということです。
会場の様子 |
まず「既存事業の立て直し」ということで、進研ゼミの事業見直しです。通信教育事業は長い歴史があり、やり方をわかっている社員も多いので、自分たちの強みをもう一度見直して、しっかりやっていけば、情報漏えいにより失った会員を取り戻せるはずだと考えたのです。お陰様で2017年4月には会員数の減少に歯止めが掛かり、2018年4月には再成長のサイクルに入りました。ベルリッツをどうするかについては悩みましたが、いろいろ中身を精査すると、経営に問題があることに気付きました。ここに良い経営者をつれてくれば、間違いなくターンアラウンドができると思いました。そこで、外部から新しいCEOを招聘し、新しいチームを作り、大規模な構造改革を行いました。
加えて、「事業の選択と集中」ということで、ノンコア事業であるコールセンター事業を行う子会社をセコムに売却しました。
「社内風土の改革」にも着手しました。これが一番重要だったと思うのですが、とにかく現場を回り、大勢の社員と議論を交わし、よい取り組みは全社員にメールで周知し、皆が少しでも自信を取り戻せるような工夫をしました。
また、これはこれからの話になりますが「第3の柱の創出」ということで、教育、介護に続く事業を私が社長をやっている間に創っていきたいと思っています。
これらをベースにして、2017年に中期経営計画を発表しました。
2018年度が1年目、2019年度が2年目です。数字としては、2020年度に売上5000億円。営業利益350億円を目指します。さらに2022年度には、売上6000億円、営業利益600億円が目標です。
それに加えて、非財務的目標として、サステナビリティ活動に力を入れていきます。SDGsという、国連が採択した17の開発目標を中心に、社会課題の解決を図っていきたい。ベネッセは、もともと教育や介護といった社会課題の解決を仕事にしてきましたから、SDGsに対して高い親和性を持っています。社員の意識も非常に高いので、ここにより一層力を入れていきたいと考えています。
最後に瀬戸内海の直島についてお話をしたいと思います。直島は瀬戸内海の小さな島ですが、30年以上前から現代アートを通じて、地域づくりを行ってきました。今、世界的にも注目されている場所になっています。各国から年間100万人くらいの観光客が見えられて、地元の人たちが案内したり、一緒にコミュニケーションしたりなど、新しいタイプの地域活性化が行われています。
ベネッセがなぜ直島で現代アートの美術館やホテルを経営しているのかという質問を受けることがあります。ベネッセのコア事業とは何の関係もないだろうということですが、私はこう考えています。
AIやデジタル化が社会全体に浸透するなかで、逆にAIやデジタル化が進まない分野があります。教育はその最たるものでしょう。感性を養うという部分は、やはり人間ならではで、それはアートの世界とつながるものがあります。それを体現できるのが直島であり、ベネッセの企業理念である「よく生きる」を実験する場であると考えています。
ご清聴ありがとうございました。
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